2005年01月の日記

2005.1.31[月]

一品持ち寄り

 おはよう730(朝遊説)は高島屋。草苅隆幸県議会議員と二人で訴える。寒い。事務所に戻って月1回の事務局会議。使途等報告書を起草した後、夕食会といっても事務所で一品持ち寄りの会。安上がりだし時間を気にせず話せるのがよい。定例化する予定。料理上手のデザートはうまかった。

2005.1.30[日]

江田五月会新春パーティー

 下市このみ市議会議員のボーリング大会。途中でピンチヒッターに代役をお願いして、江田五月会新春パーティーへ。今年は永年勤続25年・民主党参議院議員会長就任記念でもある。
 まず猪口邦子上智大学教授と江田議員の討論会では、軍縮会議日本大使を務めた猪口さんのタフネゴシエーターぶりを感じさせる話を伺った。パーティーでは壇上であいさつの後、テーブルをまわる。多くの方から父の国会質問を見たと声をかけていただく。合間を見て会計処理や議案書起草。

2005.1.29[土]

NPOフォーラム

 ボランティア・NPOフォーラムinおかやまに参加。大阪ボランティア協会の早瀬昇さんの講演を聞く。NPOと行政の「協働」がテーマだが大阪弁の軽快なしゃべりは聴衆を飽きさせない。
 その後、各団体のブースを見学。NHK「ご近所の底力」に登場した岡山中心市街地落書き調査隊や清輝小学校・岡輝中学校でのシニアスクールなどでじっくり話を伺う。
 丸善での「うらやすガラス幸房」展を見た後、県連によって会計処理。いったん事務所に戻って近くの支持者宅で鍋を囲む。

2005.1.28[金]

ハンセン病

 ハンセン病療養所入所者やその胎児・新生児が死亡後標本にされていたと厚生労働省の検証会議が調査報告した。
 ハンセン病回復者は、1996年のらい予防法廃止や2001年のハンセン病訴訟熊本地裁判決と国の控訴断念によって、隔離が撤廃され名誉が回復されたが、いまだにホテルの宿泊拒否や里帰りができないなど差別解消と社会復帰の道は険しい。
 2001年の参議院選挙でいくつかの療養所を訪ねたとき、一番驚いたのは多くの入所者の遺骨が家族に引き取られず慰霊塔に安置されていることだった。ハンセン病への偏見・差別は過去ではない。

2005.1.27[木]

好敵手

 会計や名簿を整理しながら衆議院予算委員会の小泉首相と菅直人前代表の久々の議論を見る。首相も変わっていないが父も変わっていない。ある意味で好敵手か。晩は江田五月議員の秘書有志と懇談。

2005.1.26[水]

政治の役割と責任

 江田五月議員が代表質問で触れた被災者生活再建支援法、中国残留孤児訴訟、クルド人強制送還などに、改めて政治の役割と責任を考えさせられる。
 官僚行政では先送りのこうした課題こそ、ハンセン病訴訟のように与野党の立場を超えて解決できないだろうか。

2005.1.25[火]

方針立案

 収支報告のための会計処理。毎年1〜3月は、今年度をふりかえって、来年度の方針を立てる時期。NPOでも同じだったので慣れている。

2005.1.24[月]

交流会

 おはよう730(朝遊説)は岡山会館前。その後、収支報告にむけた会計処理や総支部大会・県連大会の案内など内勤に追われる。
 田原清正市議会議員が来所。地域の公民館活動などへの積極的参加を勧められる。地元の京山公民館も多彩な事業で結構にぎやかだ。
 晩には友人の紹介で旭川・百間川を渡って鍋を囲んで懇親会。今後は事務所を活用した定期的な交流会を行うつもり。

2005.1.23[日]

倉敷

 昼に告別式へ参列。その後は内勤。晩に倉敷市議選のときお博幸選挙事務所へ。混戦の予想を覆して午後11時頃に当選確実。厳しいとの下馬評だったが、昨年の補選での浸透、民主党への期待、なにより本人や周辺の努力で中位当選を果たした。中核市倉敷ではじめての民主党公認議員の誕生である。

2005.1.22[土]

顔見せ

 ギャラリーで着物展。看板設置のお願いなどで訪問。支持者宅でご馳走になる。いろいろな場所に顔を見せ、常に自分をアピールするよう努めたい。

2005.1.21[金]

収支報告

 収支報告にむけて会計処理の相談。民主党は総支部の収支報告および政党助成金にかかわる使途報告について外部監査を実施するため、早めに準備を始める。その後、連合関係者と意見交換。政策をつうじた連携を強めたい。

2005.1.20[木]

倉敷市議選

 妹尾駅で朝遊説。その後、倉敷駅合流で終日倉敷市議選の応援演説。大寒だけあって寒いこと。でも選挙は激戦だけにマイクをもつと熱くなる。民主党唯一の公認候補は28歳で候補者の最年少。スウェーデンでは「未来を長く生きる若者は未来の選択により大きな責任を」と言われるように、最年少ということは未来のまちづくりにもっとも大きな責任をもつということだ。ぜひとも最年少議員を誕生させたい。

2005.1.19[水]

都市と交通

 実家でゆっくり。友人に借りた岡並木「都市と交通」(岩波新書)を読み終わる。公共交通を便利にするには、鉄道やバスといった交通機関そのものだけでなく、駅やバス停などを乗り換えやすく・待ちやすくしたり、木陰などのある道にして歩行環境を改善したり、移動の連続性を高めることが重要との指摘。1981年の本だがバリアフリーにも言及している。
 最終便で帰岡。友人たちで飲み食いしながら音楽をDVDやCDで見聞きした。

2005.1.18[火]

永田町

 久しぶりに永田町へ。単なる挨拶ではなく、人脈紹介の依頼や選挙事情の収集など。新宿で本などを買う。同世代がやっているゴールデン街の店に。客が自分だけだったこともあり最近感じていることを話し続けた。

2005.1.17[月]

あれから10年

 阪神淡路大震災から10年。朝遊説では住宅再建のための建築費・購入費などに支援金(税金)支給を可能にする被災者生活再建支援法の改正を訴えた。すでに民主党は改正案を国会提出しているが成立していない。
 飛行機で上京。選挙や政策で世話になっている友人を訪ねる。11月に子どもが誕生。年始から妻と交代して育児休業中。子どもを面倒みながら、育児支援や都市交通のあり方、選挙の取り組みなどアドバイスしてくれる。晩は実家で祖母や母と食事。

2005.1.16[日]

倉敷市議選

 倉敷市議選が告示された。民主党は28歳の江田五月議員前秘書を公認。昨年4月の補欠選挙につづく挑戦で必勝体制で臨む。出陣式に参加した後、玉島方面を公営掲示板のポスター貼り。
 庭瀬で途中下車して、朝遊説の際の駐車場の提供をお願いに訪問。快諾いただく。事務所に戻って党の政策文書などを読む。晩はスタッフと事務所で鍋を囲む。飛び入り参加もあって楽しいひととき。

2005.1.15[土]

共生社会

 民団婦人部新年会。オモニの手作り料理をいただく。阪神淡路大震災をきっかけに在日コリアンと日本人の新たな交流が始まった。スマトラ地震・津波でもアジアの支えあい・助け合いの重要性を実感。朝鮮半島そして北東アジアの平和のため、地域から連帯の輪を広げていきたい。
 視覚障害者支援パソコンボランティアを見学。このウェブサイトを音声で聞いてもらった。ユニバーサルデザインという言葉がよく使われるが、障害者にとって便利なことは高齢者にとっても便利。自分が不自由になったときのために改善を求めるという言葉に他人事ではないと感じた。
 備前焼にとりくむ同世代の陶芸家の個展。若い方がつぎつぎに訪れていた。

2005.1.14[金]

軌道修正

 年始から徐々に通常のパターンに戻る。この間の活動で気になった点を軌道修正している。「朝令暮改」はよくないがスタッフとの意思疎通を密にすすめたい。
 まだまだ若者は政治と縁遠い。参加する新年会ではとくに同世代の皆さんに交流の機会を公式・非公式問わず設けてほしいとお願いしている。

2005.1.13[木]

自己管理

 昨晩ハッスルしすぎて朝遊説と訪問ができず自己管理の甘さを反省。あわせて行事など地域の情報収集力の弱さを痛感。晩はJR西労組の賀詞交換会。若い組合員の姿が目立った。JRや市の関係者に吉備線LRT化について質問。財源確保とともに地域からの盛り上げも必要だ。

2005.1.12[水]

議論

 元旦から休みなしだったので少しのんびり。溜まっていた洗濯物を片付けたり、書店で本を見たり。晩はマスコミ有志と懇談。政権交代実現のために民主党はどう変わるべきか、久々ににぎやかな議論。

2005.1.11[火]

新人擁立

 高島屋前でおはよう730(朝遊説)を一井淳治元参議院議員、草苅隆幸・姫井由美子両県議会議員と4名で行う。演説中に寒さで口が動きにくかった。その後、御津町商工会のみつ新年互例会に江田議員の代理で出席。多くの方々とごあいさつできた。御津町は3月22日に岡山市と合併する。商工会も津高・一宮・建部などと来年合併の運び。いったん事務所に戻って、備前焼の個展を見に天満屋へ。違うフロアで勤務している友人を訪ねる。美容院で散髪。今年のテーマは「笑顔と絆」とのこと。晩は総支部幹事会。自らの選挙が最重要だが、地方選挙で仲間を増やすため新人擁立も重要課題。

2005.1.10[月]

仲間の支え

 建部町を地元のAさん、Sさんとともに年始あいさつ。ここは私と父の本籍地で祖父や江田三郎さんの墓がある縁の深い土地。民主党広報板もたくさん立てさせていただいている。選挙直前でない今だからこそ丁寧な取り組みが必要な地域。
 岡山市内に戻って萩原市長の新春の集い。合併する御津と灘崎の町長はじめ多くの国会・県議会・市議会議員が参加。こくさいこどもフォーラム岡山のチャリティーコンサートで祖田修さんのピアノ&トーク。両イベントでは姫井由美子県議に多くの方をご紹介いただいた。その後、羽場頼三郎市議宅に伺い党活動や選挙情勢について意見交換。夕食をご馳走になる。
 全国では徒手空拳を余儀なくされる候補者の多いなか、仲間の熱心な支えで活動していることを改めて実感した一日だった。

2005.1.9[日]

地域事情

 京橋朝市でスマトラ沖地震・津波復旧義援金を津村啓介・姫井由美子両議員とともに呼びかけ。1時間弱で19,315円の善意を預かる。江田五月議員の代理で岡山市消防出初式に出席。表彰された消防団のなかに複数の知人の顔があり嬉しかった。今年から成人式を同じ会場で行うため外には多くの新成人。地域グループの露店で餅入り豚汁を食べて温まる。いったん事務所に戻り、御津町で年始あいさつ。
 案内してくれるKさんは地域の政治や生活の事情に精通しており、現職の地盤である御津町での戦い方をご指導いただく。こうした応援団とともに徐々に支援の輪を広げていきたい。

2005.1.8[土]

説得と迫力

 石井正弘県知事の新年祝賀会。その後、民団新年賀詞交換会で金鍾泌元首相の講演を聞く。民主党県連常任幹事会。禁酒会館でのイベントに伺った後、県連有志で懇談。
 1965年の日韓国交正常化につながる金・大平(正芳外相)会談のあと、日韓合意反対の嵐が吹き荒れた。金元首相は自分を売国奴と罵る学生が多いなか各大学を訪問して、日本の経済援助で韓国をアメリカのお荷物にならない国にすると若者を説得したそうだ。朴軍事政権の評価はともかく、意見が違う国民を粘り強く説得する政治家の迫力を感じた。

2005.1.7[金]

労組と政党

 朝から年始あいさつとポスター訪問。思わぬところでポスター掲示の了解をいただく。いったん事務所に戻って連合新年交歓会。その後有志の皆さんと懇談。
 森本栄連合会長は常々、民主党が政権政党をめざせば労組と政策の齟齬をきたすが、裏切った・裏切られたと先祖返りしてはいけないと、連合と民主党による日常からの政策対話を求めている。さらに三位一体や合併に直面する市町村長と民主党の対話の必要性を説いている。私なりに総支部を舞台にこうした課題に取り組みたい。

2005.1.6[木]

役割分担

 庭瀬駅で朝遊説。事務所に戻り若干の内勤の後、スタッフの動きを横目に休息。岡山駅西口のたこ焼き屋Kuyaで新年会。気の置けない友人・知人とにぎやかに騒ぐ。
 昨年末から事務全般を3名のスタッフに任せている。細かいことが気になる性格だが、自分にしかできないことに集中しようと言い聞かせている。

2005.1.5[水]

初せり

 早朝から中央卸売市場で初せり。台風の影響などで野菜をはじめ生鮮食品が値上がりしている。食の安全が叫ばれるなか岡山の台所を預かる市場の役割は極めて重い。事務所に戻って年始あいさつの後、国際ホテル賀詞交歓会。さらに親しい方々と新年会。次期選挙にむけた戦略を尋ねられ、自分なりの考えを述べる。

2005.1.4[火]

初顔合わせ

 仕事始めの朝遊説は岡山駅。年金からイラクまで話す。吉備線LRT化で調子が上がったが時間切れ。事務所に一旦戻り、岡山市北部・御津郡・岡山市西部・南部・中心部と駆け足で年始あいさつ。ご本人は留守でもご家族と知り合える。親子そっくりなどと感じながらご本人への伝言をお願いする。

2005.1.3[月]

叱咤激励

 正月恒例の江田五月邸新年会。第1部(1・5区関係者)と第3部(議員・候補者)に参加。第2部のあいだ年始あいさつ。人の本質は言葉でなく行動に表れると叱咤激励される。苦言を呈してくれる人を大切にせよとの言葉もいただく。厳しい意見を言ってもらえるよう努力したい。

2005.1.2[日]

積み重ね

 午前は森本徹磨県議のグラウンドゴルフ大会に参加。上位は若手かと思いきや練習を積んでいる人生の先輩方だった。午後はドラフトで千葉ロッテマリーンズに入団する竹原直隆選手の激励会。社会人時代に会社の不祥事で部活動が自粛になり、十分な時間がとれないなかでも練習を重ねたそうだ。どちらも日常の積み重ねの成果だ。千里の道も一歩からだとあらためて感じる。

2005.1.1[土]

酉年

 法界院の除夜の鐘撞きで新年を迎え、事務所近くの尾針神社に参拝。早朝に江田五月さん、津村啓介さんらと初日の出。江田邸で雑煮をご馳走になる。一旦事務所に戻って年始あいさつに廻った。
 台風や地震など相次ぐ自然災害や中東をはじめ各地の戦争で、被災された方々に思いをめぐらせる新年である。

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