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経歴・Q&A

 経歴 

1972年(昭和47年)10月30日生まれ(32歳)。
 幼いころから政治少年。小・中学校では生徒会活動に積極的に参加。中学校3年生で不登校。
高校中退後、大学入学資格検定に合格するも「子どもの権利条約」の国連採択を知って市民活動へ。


76年 父が初めて立候補した時のパーティーにて


81年 雑誌の取材

1990年 子ども自身が条約批准を求める必要を感じて、10代に呼びかけ「子どもの権利条約の批准を求める10代の会」を結成。代表として「子どもの権利条約の批准を求める子どもキャラバン5,000q」を行い、北海道から沖縄まで全国各地で条約批准と子どもの権利確立を訴える。


全国キャラバン出発式


忘年会 その後年末の恒例に

1991年 条約や子どもの権利の情報センターとして「子どもの権利条約ネットワーク」(喜多明人代表=早稲田大学教授)を設立。

1992年 「子どもの人権連(子どもの人権保障をすすめる各界連絡協議会)」参加(事務局員)。

1992年〜94年 条約の実効ある批准のために、国内法改正や訳の修正等を政党や中央省庁に求めてイベントやパレードを実施。「子どもと国会議員懇談会」や子どもによる首相への申し入れを行い、子どもの意見を反映するために尽力。


93年 子どもとともに首相官邸で鳩山由紀夫官房副長官(当時)に申し入れ

1995年 「子どもの権利条約に関する自治体アンケート調査」を行い、地方自治体による子ども施策を検証(明石書店『自治体でとりくむ子どもの権利条約』参照)。条約実施の検証と市民・NGOの交流のために、93年以降行っている「子どもの権利条約フォーラム」の95年の事務局長。

1996〜97年 「みやぎ子ども議会」(宮城県)等の傍聴をつうじて、地方自治体による子どもの社会参画をめざす施策を検証するとともに肥田美代子衆議院議員の「子ども国会」構想の立案に関与。

96年 旧民主党結成 肥田美代子さんの選挙応援

1997年 児童福祉法改正案につき参議院厚生委員会で参考人として意見陳述。子どもと厚生省・文部省との意見交換に尽力。


1998年 子どもの権利委員会(ジュネーブ)の日本報告書審査傍聴。


1998年 衆議院議員肥田美代子秘書(1999年 公設第一秘書)。

2000年 選挙権年齢の引き下げをめざしてRights(ライツ)結成。02年 特定非営利活動法人認証。幹事(事務局長)、代表理事、常務理事、理事を歴任。

2001年 森元美代治さん(ハンセン病回復者)の参議院選挙スタッフ。

2003年 衆議院選挙に岡山1区から立候補。63,463票で次点。

2005年 衆議院選挙に岡山1区から再び立候補。61,357票で次点。

現在

 民主党岡山県第1区総支部代表
 民主党岡山県総支部連合会副代表

著作

 Rights 編 「16歳選挙権の実現を!」 (現代人文社)共同執筆

住所

 本籍地:御津郡建部町下神目  現住所:岡山市伊島町

 

 Q&A 

<Q1> そもそも、なぜ政治家に?

A: NPO・市民活動をつうじて、なかなか法律や制度が変わらない「壁」にいくつも直面しました。そのなかで自分自身が有権者の負託を受けて、これまでの経験を生かして政治家として社会を変えようと決意しました。

<Q2> 「2世」「世襲」じゃないの?

A: 父・菅直人が政治家なので「2世」なのは事実ですが、ジバン(選挙区)・カンバン(知名度)・カバン(資金)をまったく受け継いでいませんから、世襲だとは考えていません。ただ、物事をあきらめないところなどは受け継いでいるかもしれません。

<Q3> 自民党と民主党の違いって?

A: 自民党は「与党のうまみ」で結束しているため、政官業の癒着構造で政策も一致できず身動きがとれません。民主党は官僚に頼らずに法律をつくる意欲と能力のある真の「政策集団」です。政権交代を通じて、日本を変えます。

<Q4> なんで岡山なの?

A: 私も父も本籍地が建部町で母は金光町出身と岡山には縁があります。私の経験や活動を知る仲間や同世代の仲間とともに政権交代にむけて戦うことができます。そして税金の集め方と使い方、国と地方の関係を変える政策が岡山で通じれば全国に波及します。

<Q5> 「若者」も政治参加なの?

A: 年金制度、国・地方の借金、環境破壊など若い世代にとって不安な課題が多くあります。未来を長く生きる若者が意思表示すれば、こうした課題の解決に政治は真剣になるでしょう。若者にとって政治が身近に感じられる社会にします。

 

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