大晦日
昼すぎから青春18きっぷで再び鈍行乗り継ぎ旅で実家に戻る。関ヶ原付近の積雪が心配だったが降っていなかった。
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昼すぎから青春18きっぷで再び鈍行乗り継ぎ旅で実家に戻る。関ヶ原付近の積雪が心配だったが降っていなかった。
未成年者の投票権を規定した住民投票条例制定自治体の一覧表をまとめる。市町村合併の賛否を問うものの他にも自治基本条例や住民投票条例など常設型がある。
資料整理などNPO業務。日常から片づけはしているがさらに減量する。
会計処理などNPO業務。仕事納めが週末と重なるが大学は27日(木)で業務終了。
合宿ではしゃいだせいか久々に全身が筋肉痛となって運動不足を痛感する。
大学のバスに乗って朽木(滋賀県高島市)の学外施設にでかける。昼は室外で、晩は室内で遊びとプレゼント交換。無理に勧める雰囲気もないのでまったり飲む。
忘年会のために青春18きっぷを使って東京・京都間を鈍行乗り継ぎで往復する。東京・大阪間の乗り継ぎを紹介するウェブサイトがあるので快適に移動できた。
読み終わった本は石牟礼道子著『苦海浄土-わが水俣病』(講談社文庫・1972年)。水俣病をめぐる最も有名な小説。海との関係を切れない漁民に対して、チッソの有機水銀が疑われても漁をつづけ魚を食べつづけたことを責められないと感じる。
福田首相が薬害肝炎の議員立法による救済を表明。与党は認定制度について議論しているが水俣病や原爆症などの認定制度は患者の範囲と国・企業の責任を狭める役割しか果たしていない。国の責任で和解を受け入れるのが本筋だ。
1990年から続けている恒例の忘年会を行う。今年は古い友人を中心に呼びかけたので例年の半分で20名前後の規模だったがゆっくりと懇親できた。友人がDVD化して持参した10代の会結成総会(90年5月5日)の動画をみんなで見たが、風貌が変わってもやっていることは変わらないと感じた。
今晩はNHK「焼け跡から生まれた憲法草案」を見る。主権在民を盛り込んだ鈴木安蔵ら憲法研究会の進歩的な「憲法草案要綱」には、海外の憲法だけでなく植木枝盛など自由民権運動における私擬憲法も反映している。ほかにも憲法研究会案では差別禁止、労働権などが盛り込まれたが、こうした規定を運用するために必要な最高法規、違憲立法審査権、刑事被告人の権利、地方公務員の選挙などの規定は欠けており、GHQ案で盛り込まれた。
読み終わった本は原武史著『大正天皇』(朝日新聞社朝日選書・2000年)。大正天皇は生涯病弱ではなく皇太子時代は全国各地を巡啓・行啓していたことなど、明治天皇と昭和天皇の間で目立たない大正天皇の実像に迫りながら、皇太子の摂政就任とともに事実上始まった昭和時代の意味を考えさせる。
次期衆院選の公認がだいぶ内定する。中国ブロックでも今まで弱かった鳥取・島根両県で自民現職と互角の勝負ができる候補が決まるなど準備がすすむ。岡山県の小選挙区過半数勝利も射程内にある。
読み終わった本は中谷剛著『ホロコーストを次世代に伝える-アウシュヴィッツ・ミュージアムのガイドとして』(岩波ブックレット・2007年)。中谷さんは1997年に家族でアウシュヴィッツを訪ねたときに案内してくれたガイド。戦争を知らない世代がいかに戦争を伝えるのか現場で模索を重ねている。
2週にわたってレニ・リーフェンシュタールについて学ぶ。90歳を過ぎたレニがインタビューに応じたレイ・ミュラー監督の映画「レニ」(ドイツ・1993年)やレニの監督した「意志の勝利」(1935年)と「オリンピア」(1938年)を見る。
芸術と政治の関係や芸術家の戦争責任は難しい課題だが、レニが「意志の勝利」の兵士の行進と音楽のリズムが一致していることを誇らしげに語る姿を見ながら、世界を整然としようと突き詰めれば「最終解決」(ホロコースト)が起こるのか考えてしまう。
それにしても90歳のレニがダイビングする映像には驚くばかりだ。
今日も集中講義で学校。留学生入試で食堂は業務していたが情報館は閉まっていたので昼休みが手持ち無沙汰。晩は異業種の同世代と忘年会。
集中講義のため週末も学校。消えた年金記録の年度内解決が難しいとの報道のなかで、賦課方式から積立方式に変えるべきとの意見があるが、物価上昇などを考えると年金を自ら積み立てるのには限界がある。「仕送りの社会化」としての賦課方式を基本的には維持すべきだろう。
読み終わった本は吉田俊純著『水戸学と明治維新』(吉川弘文館・2003年)。幕藩体制を再強化するための尊皇攘夷思想は吉田松陰などに影響を与え維新の思想的バックボーンになっていく。幕末の水戸藩は御三家でありながら徳川斉昭を筆頭にときに幕府と鋭く対立しているのに改めて驚くとともに農村改革の取り組みが興味深い。
昼休みに学費値上げに反対して話し合いを求めてハンストしている学生と大学の話し合いが行われる。学生に対する十分な説明もなく理事会で決定する学校の姿勢には不満の意見が上がり、はじめはハンストは自分の体を人質にして卑怯だと言っていた理事も、今後の事前説明や奨学金の増額は約束するが決定は一切変わらず。晩は学友会総会・学生大会。マス研が必要数出席できて一安心。
4回生の卒論〆切が過ぎたので情報館のパソコンやプリンターの混雑が緩和する。ゼミで研究室を訪ねたら〆切直前に先生の署名をもらう4回生に遭遇したが、2年後の私を見ているようで笑えなかった。机の上での勉強をするとの進学の理由を考えれば卒論はいい加減にできない。少しずつ対象を絞り込んでいくことになる。
水俣SPでお世話になったほっとはうすの要請行動への寄せ書きを書く。科学技術と公害の講義で見たイタイイタイ病についてのテレビ番組で、認定基準をめぐる環境庁の姿勢に対する宇井純さんの話が印象に残っている。相次ぐ公害を防ぐために設立された環境庁官僚の給料は、公害患者の犠牲のうえに支払われているとの趣旨だった。宇井さんは認定制度自体を公害被害を矮小化して企業や行政の負担を軽減するものとして疑問視していた。水俣病をはじめ多くの公害・薬害などに同様の構図がある。最後に政権交代による権力の移動の重要性に触れていたことを胸に刻みたい。
夜行高速バスで京都に帰着する。最寄駅から自宅に戻る道中に小学校と中学校があるが、小学校では校長らしい男性が通学する子どもたちに挨拶していた。中学校では近くの橋に若い男性がバインダーをもって立っているので通り際にチラッと見ると「3年遅刻チェック表」の文字。今でも遅刻チェックしているのかと驚く。
Rights理事会で新刊本や成人の日などの短期および中長期の対応を議論する。
雑誌「SIGHT」を読む。枝野幸男さんが後藤田正純さんとの対談のなかで民主党の10年の苦労の一つとして園田博之さんなど目立たないが仕事のできる新党さきがけの中堅議員を自民党に置いてきたことを挙げている。井出正一さんも同様のことを言っていた。まったく同感だ。
夜行高速バスで東京。実家でNPOの事務を片づけ、祖母を交えての夕食の後、茶道の点前を母に尋ねる。
岡山市の政令市化にともなう行政区割で市長の3区案では市議会がまとまらない情勢。安宅元市長の6福祉区を基本にするなら1区の人口が約10万人になり、合併地域を含む行政サービスにも対応できる6区を採用すべきではないか。
家事やら読書やらNPO事務やらを片づける。
自宅での鍋につづいてマス研部室で揚げ物を先輩と食べる。ビールを飲んでいたせいか胃腸がもたれたりはしなかった。
1回生の日本語リテラシーで同じクラスだった同期生で鍋をする。飲み食いしながらゼミ・卒論や大学入学前について未明まで話がつづく。
民主党は次期衆議院選挙の岡山1区予定候補として総務省・県庁出身の高井たかしさん(38歳)を公認内定しました。
私は2005年の衆院選と岡山市長選が終わって次期衆院選の公認申請を断念した頃、高井さんに岡山1区から衆議院に挑戦するよう勧めた一人です。このときは選挙直後でもあり高井さん自身は次期市長選にむけて政治活動する意思でしたが、統一地方選と参院選を受けて政権交代をかける次期衆院選への決意を固めました。
防衛省の調達装備事件や厚生労働省の薬害肝炎事件など長期政権の下で相変わらず政官業の癒着がつづくなか、霞ヶ関を脱藩した高井たかしさんの挑戦を応援して県都1区で初の議席獲得をめざします。
今日の民主党常任幹事会で次期衆院選岡山1区予定候補として高井崇志さんの公認を決定した。私は2005年の衆院選と岡山市長選が終わって次期衆院選の公認申請を断念した頃、高井さんに岡山1区から衆議院に挑戦するよう勧めた一人だ。このときは選挙直後でもあり高井さん自身は次期市長選にむけて政治活動する意思だったが、統一地方選と参院選を受けて政権交代をかける次期衆院選への決意を固めた。
防衛省の調達装備事件や厚生労働省の薬害肝炎事件など長期政権の下で相変わらず政官業の癒着がつづくなか、霞ヶ関を脱藩した高井さんの挑戦をできるだけ応援したい。
教育学ⅡAでは京大吉田寮についてのテレビ番組を見る。1990年の全国高校生会議で泊まった東大駒場寮を思い出す。放課後は情報館でゼミ発表準備。
片づけしながら友人・知人と電話など。臨時国会の再延長で解散風が吹くのか気になるところ。
日本の思想のレポートを仕上げ、マス研で番長の製本を終えてから、久々に未明まで飲んだため、パソコンのファイル整理など片づけ。